山陽道を歩く(徳山・防府) 下見 TOP   戻る

ルートマップ 
実施日 2018・09・17 更新日 2018・10・26
宇部ウォーキング協会が来年度に実施予定の山陽道を歩くの第1回目として徳山駅から防府駅の間を下見しました。その様子を報告します。 このマークのある写真はマウスを置くと別の写真がでます。 今回歩いたルートは ルートマップ  でご覧下さい!
徳山駅前をスタートします。現在の銀座通りが旧山陽道で、駅の付近には高札場跡、御茶屋跡、目代所跡があったようですが正確な位置はわかりません。 大同生命ビルの前の道を西に進みます。この道を山陽道とされています。
山田川を渡りますが、徳山藩はこの川までだったようです。 本来は新幹線の下あたりが街道になりますがここは迂回します。 この写真の位置地図です。緑線が街道があった場所です。
浦山地区です。この辺りに一里塚があったようです。川崎2丁目と3丁目の境で川崎公園でトイレの確認をしました。紙が必要よ 川崎地区に入り右手に神社らしき場所があり、登って見ました。 常夜灯は文政8年で結構古いものでした。
富田川の少し手前右に川崎観音堂・景清護身観音寺があります。 国道2号線のトンネルを通るようです。 富田川を渡ります。
政所地区に入り西に進みます。 県道3号線との交差点を直進します。
左手に道標があります。 案内版です。 右手は永源山への登り口です。
山陽道はここで左に出て直ぐに右折しますが、今回は右に入って見ました。 この付近の地図です。緑線が山陽道です。 山崎神社の参道に道標があります。「右 上かたみち 左 下のせきみち」とあります。今回はここは通りませんでした。      
ここが山崎八幡宮(荘寺八幡宮)です。 直ぐ傍に新町恵比寿社がありました。 西に進むと右手に浄真寺があります。案内板が こちら
次の三叉路で左折し、県道347号線を越えて直進します。 平野地区を西に向かって進みます。三叉路になっていますが、直進が本来の山陽道と思われますが通行が出来にくいです。 この付近の地図です。赤は今回歩いた道で、山陽道は緑です。ここで左折して県道に出るのが良いのかもしれません。
今回は下を通りました。県道347号線に出て来ました。旧山陽道は左手の上の道です。 県道から福川地区に入ります。一度仲間からの差し入れがあり福川駅に寄り、美味しいケーキを食べました。
福川本陣町の福川本陣です。門の修復が行われておりました。 案内板 前回の改修が45年前のようです。 県道を越えて夜市川の川沿いを歩きます。
川沿を暫く進みます。 国道2号線を越えて市地区に進みます。 今回は少し間違って歩きました。緑線が山陽です。赤線が今回、歩いた道です。
この辺りは現在は市地区ですが昔は矢地地区だったようです。 赤坂峠を越えて戸田市地区に入ります。
左手の舟形山に船山神社があります。寄って見ました。戸田の名前の原点となっているようです。 三叉路に「戊辰戦争凱旋記念碑」と 手前に池の中に祠があります。
右手に心光寺があります。戸田観音があるそうです。 案内板です。 夜市川を越えて国道に出た所に「山田家本屋跡」があります。この奥の湯野地区に本家が移築されています。
国道から右の道が山陽道になります。この道を進みます。 1.2kmで再び国道に出て、椿峠に来ます。
椿峠を過ぎると国道の左に入ります。この付近は拡幅工事で山陽道は無くなる可能性はあります。 新川の傍まで降りて来ました。 祠の中にお大師像でしょうか?
川側に立派な石橋(刎ね橋)の家があります。国道を通り過ぎて富海地区に入ります。 富海の国指定有形文化財「清水家住宅主家」の側を進みます。
富海宿本陣跡です。 案内板です。 街道の側に「飛船問屋大和屋正助の船倉」のあんないがあり、山陽道から離れて見てみます。
昔の海岸に当たる場所です。「船問屋大和屋正助の船蔵」です。 案内板です。 石垣を見るとこの道は海であったことが分かります。
元の山陽道に戻り西に進んで行きます。
 右手に恵比寿社があります。
大和屋正助の墓・入江石泉の墓だそうです。富海の駅に寄りますが、山陽道は直進です。
山陽線を越えて県道58号線に向かいます。 県道との合流点に道標があります。ここから県道に出ないで、橘坂に向かいます。
橘坂と手懸岩です。 案内板です。       これからの道は旧山陽道を歩いていると感じる所です。
 案内板です。
右手に「茶臼山古戦場」があります。 案内板は こちら さらに進んだ所に「浮野峠改修碑」があります。ここからは明治4年に造られた道を歩くことになります。 案内板は こちら
少し進んだ所に旧山陽道はこちらの道標がありました。これは改修する前の山陽道であることが分かりました。     浮野峠を越えて行きます。
峠を越え下った所に「駕籠建場跡」があります。案内板の後ろです。案内板は こちら 更に下った所に、「又兵衛屋敷跡」があり茶屋として使用されていた。
さらに下った所に「徳地屋跡」で大名の休憩場所だったようです。 同じ場所に石碑があります。「こんひらみち」と「あじなみち」とあります?。 公民館の前に浮野町についての案内があります。案内板は こちら
浮野・牟礼今宿地区を進み、国道の国衙跡交差点で右折します。 国庁八幡宮跡の石碑があります。 案内板
多々良地区で左折し、西に進みます。毛利邸の前を直進します。 この奥が毛利邸入口です。      さらに進むと右手に佐波神社があります。周防国の総社です。ここには作曲家の大村能章さんの碑があります。 右隅に庚申塚も
史跡周防国衙跡の碑があります。この角が北西の角らしいのですが、随分広い国衙跡ですね!案内板は こちら さらに進むと右手に周防国分寺があります。今日は寄りません。
岡本三右衛門の煩徳碑(しょうとくひ)があります。案内板は こちら 防府天満宮まで来ました。ここから先は萩往還と一緒になります。 防府天満宮です。
戎町交差点で県道54号線に入り駅に向かいます。 防府駅に到着です。歩行距離は31.2km、所要時間は7時間でした。大変お疲れでした。

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