下関幕末維新150年ウオーク 戻る  TOP

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実施日 2018・10・14 更新日 2018・10・23
下関ウォーキング協会の10月度例会「下関幕末維新150年ウォーク」が開催されました。その様子を報告します。  このマークのある写真はマウスを置くと別の写真がでます。
幡生宮の下近隣公園に集合します。幡生駅から徒歩で10分位です。 公園の東側からスタートして行きます。
直ぐに赤間関街道北浦筋に出て、生野神社前を東に進みます。  側には庚申塚?がありましす。 県道248号線に出て、南に進んで行き、川側を進みます。
県道248号線に出て、258号線との交叉点を左折します。 県道258号線に入り、国道9号線と並行する細い道に右折して入ります。
道の側の畑にヒヨドリバナが植えてありました。  もしかして?と近くに寄って見ますと! 県道57号線にかかる高架橋を渡ります。  右手には椋野隧道が見えます。
高架橋を降りて、妙見山(92m)の方向に進みます。 妙見山の麓を進み、火の山を目指します。
火の山パークウェイの入口にある石碑を見ます。 明治天皇御駐輦記念碑があります。 パークウェイの道は少し厳しいようです。頑張りましょう!
道が大きくUターンする所からロープウエイ乗り場の方向に降りて行きます。 公園の中をゆっくり下って行きます。
 前方には関門大橋が見えています。
ロープウエイ乗り場まで降りて来ました。
 ロープウエイが登って行きます。
みもすそ川公園に向けて降りて行きます。前方には関門大橋と対岸の和布刈り地区が良く見えます。
下って、国道9号線を渡った処に「壇ノ浦砲臺址」の石碑があります。  公園内に大砲の模型が置かれています。 海岸線を下関駅の方向に進んで行きます。
  橋の真下から上を見ると
海の中に岩が??  山がを見ると「立石稲荷大明神」があります。岩は烏帽子岩と言って、この神社のご神体だそうです。 更に進んだ所に道標があります。   「右 上方道 左 住吉道」 住吉道は長府に繋がる道のようですが、ルートが分かりません。
赤間神宮に寄ります。ここの大きな石は大阪城の石を肥前国から運ぶ際関門の急流で動けなくなったので、ここに使用したそうです。 すぐ隣の日清講和条約締結の場所である春帆楼の前を進みます。
春帆桜の隣にある伊藤邸跡です。 案内板1  案内板2   明治天皇の西国行幸で西郷隆盛が寄贈した手水鉢があります。 さらに西に進んだ所に引接寺(いんじょうじ)があります。山門は18世紀に再建されたまま残っています。 この前の道は春帆楼に続く道は清国の代表・李鴻章が通った道で「李鴻章道」と名付けられているそうです。
更に西の赤間町にある東京第一ホテル下関に来ました。  ここは妓桜「大阪屋」があった場所です。案内板 1 、案内板 2  赤間関街道北浦筋に出て、赤間町を北に進みます。石碑が立っています。 石碑に書かれている内容です。
第一ホテルの西隅に案内板があります。熱心に見ております。
案内板は こちら    すぐ裏に末廣稲荷神社があります。
街道の裏手に回り、本行寺に入ります。 本行寺の案内版です。
ここには騎兵隊、諸隊等の戦死者の墓があります。 すぐ隣に教法寺があります。 案内板
県道57号線に出て来ました。 国道9号線との角にある旧下関英国領事館によります。
水族館横の公園に来ました。 ここで昼食となりました。 国道9号線の側に「明治天皇御上陸地聖蹟」の碑があります。この地点に上陸されたのでしょうね。 案内板
旧山陽道に入ると「馬関越荷方役所跡」の標識があります。 案内板 観音崎町に永福寺前です。ここが山陽道の起点になります。現在亀山八幡宮の鳥居の横にある道標はこの位置にあったものです。 現在の道標です。
立派な石垣の功徳院です。 その前に真木菊四郎殉難の地」の碑があります。尊王攘夷派で敵にここで殺された。 光明寺です。 案内板
豊前田町で何か見ています。 豊前田町の謂れが描かれています。 関西本町、新地町を抜けて国道191号線の手前の厳島神社の参道の横に「萩藩新地御用所跡」の案内があります。 
中電の横に「白石正一郎の宅跡」と「奇兵隊結成の地」の案内がありました。 白石正一郎 騎兵他誕生地 下関駅に到着です。お疲れでした!歩行距離 12.4km 所要時間 4時間16分でした。

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